| 三井彦四郎が大ハンザキを退治したのは文禄年間(一五九二〜一五九六)というから、室町時代あたりだろうか。その人物についての詳細はわからないが、湯原町役場裏の道路わきには、三井彦四郎の墓がある。そもそも伝説では三井彦四郎の一家はハンザキもしくは殺した巡礼の崇りで全滅しているので、墓を守り続ける子孫はいないことになる。新しい墓石を見ても、おそらくは地元有志の手による供養塔のようなものだろう。 |
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大ハンザキを退治した三井彦四郎の墓

【住】岡山県真庭郡湯原町豊栄
【問】湯原町観光協会0867-62-2526
【電】JR姫新線中国勝山駅より湯原温泉行きバス利用
【車】米子自動車道湯原ICより国道313号を経由して約5分 |